これは一人のマイノリティーが書いた自分自身とこの国の救いなき来世についてのレポートである。W.ジェイムスは労作「宗教的経験の諸相」で“超感覚者は無敵である”と言ったが果たしてそうだろうか。この時代、むしろ私は“常感覚者は巨象である。我々はその足に踏み潰されないよう必死に逃れる蟻のようなものだ”と思う。しかし今、孤立の怖れを捨てて私はこう叫ばねばならない。
“人々よ、長い眠りから目覚めよ。無知の麻薬の快楽に耽るな。そしてこの警告を受け入れる人々に神の恵みあれ。”
私が⑨⑩「内なる宇宙」の評を書いたのを見て「こんなに細かく書いても誰も読みはしないよ」という声があったらしい。書いている途中私も独り相撲をとっているようで疲れた。550ページの分厚い⑫「造物主の掟」を題名につられて読んだのはホーガンが今度はまともに宗教を取り上げたのかと多少の期待があった。読んで私の意見を修正する必要があればそうする心算だったし、Amazonの星の数も悪くなかった。結果は以下の通り。星二つの辛い点を付けた人の「アシモフに比べて格下」というコメントが載っている。ロボットといえばアシモフだろうが告白すれば私は全然読んでいない。ファンタジックなスペースオペラを求めている訳ではないから少し違うのかなと思うが、あらゆる分野に造詣が深く何せレパートリーの広い人だから得る所は大いにあるかも知れない。今回「造物主の掟」を読んで目がちらついたが若い時いくつかでもアシモフを齧っておくんだった。アシモフの宗教観はどんなだったろうかと気になるが、やはり科学技術偏重の考えで霊界なんかたわごと扱いだったらしく、死んで「ぼんくら共と大した違いはなかった」と嘆いたらしい。霊界とは、歴史が古ければ古い程進んだ技術の成果物が残っている世界である。今いる地域の学校にも「カドリフレックスについて習った」という異星人がいるらしい。
⑬「神の目の小さな塵」は面白かった。作者ラリー・ニーヴン(1938~)は存命中で、もし聞きたいことがあれば、返事が来るかどうかはともかく手紙を書くことは出来る。作中にハーディーという従軍神父が登場するが決して軽々しくは扱っていない。今から丁度1000年後が舞台で、事実そうなるかどうかはともかく、その間何がありそうかを示唆している。それと関連するが、ドイツが「もう時間がない」と宗教改革を急いでいるらしい。このブログを翻訳しているらしいが名誉なことである。しかしまだ霊界での動きの段階で、実際に何時どういう形で宗教界に変化が現れるかは分からない。ドイツの霊界でも嘘は悩みの種らしい。
⑫造物主の掟(JPホーガン)
はじめて一般乗客を乗せて火星に行く宇宙船オリオン号に、今を時めくショーマンのインチキ心霊術師カール・ザンペンドルフ並びにそのスタッフ一行と高名な認知心理学者のジェロルド・マッシ―教授が乗っている。マッシ―は彼自身マジックの心得があって時々人をあっと驚かし、世に言う超常現象なぞ全く信じていない。救済を信じて誠実に生きれば来世は神に迎えられると説く宗教の原理は彼にとって愚かな迷信にすぎない。もし今回の旅行でザンペンドルフが火星を舞台にして地球に向けて心霊術パフォーマンスをやれば必ずやそのトリックを見破ってやろうと狙っており、ザンペンドルフもそれは先刻承知である。この勝負、どっちが勝っても大して得る所はないだろうと思わせるけれども、それはそれでエンタメとして読者も楽しめるだろうと期待するだろうが、結局そういう舞台はなく勝負はどっちつかずで終わる。ただし船内で二人が最初に対決する場面で、マッシ―が「未来を見通す千里眼の持ち主なら火星で何が起きるかここで予言してみろ」と迫ったのに対し、ザンペンドルフが「火星だと?きみはこの船が火星に着くと思っているのか?きみも盲目の生を送る愚か者の一人だ」とはぐらかし相手をこき下ろしたのはザンペンドルフが一本取ったことになる。実際この船は土星の衛星タイタンに行くことがまもなくアナウンスされる。積載燃料の量や作業計画書をこっそり調べたザンペンドルフの有能なスタッフたちのお手柄である。しかし如何に選ばれれば超ラッキーな費用お抱えのタダ旅行とは言え、乗客に正しい行先を前もって告げず明確な了承も得ないままで、公表とは全く別の星に行く宇宙旅行などというものが実際の話あり得るだろうか。
タイタンはあちこちにジャンク置き場のある雑然とした世界で、その住民はRobeing(ロビーイング)もしくはタロイドと呼ばれる機械人間だった。機械人間はもとは同一規格の工場で作られたのだが永い間に数が増え、やがてグループごとに国を形成し、今は人間の集団と同じくそれぞれ王もしくは指導者を戴き固有の身分制も指導理念も宗教もある。もとはと言えばはるか昔、一機の無人探索宇宙船がこの星に降り立ち、最初そこから資源調査用ロボットが出て来たのが始まりで、タイタンに有望な鉱脈ありと診断されて作業用ロボットが資源を採掘し鉱石を分別集積すると共に、それを精製して得た金属を用いて工場が建ち規格通りの資材が作られ、プログラムにより工作機械が組み立てられ、それがまた作業用ロボットを拡大生産し拠点を広げた。ロボットの頭脳であるAIは宇宙船からコピーされるのだが、たまたま宇宙船が超新星爆発した星の近くを通ったためその高熱によりコンピューター内蔵のソフトにダメージを受け、生まれるロボットたちも何やら本来のものと違い完全無欠とは程遠い代物である。一度駄目になったロボットは潰されてそれを資材に戻しまたロボットが再生産されるが、この廃品再活用専門のロボットが出来たばかりの新品ロボットを力わざで潰してまたロボットを作ったりする。本来の目的であった筈の鉱物資源イールドは宇宙船の母国から回収しに来る気配すらない。
ヒューマノイドと呼ばれる人間界もこのようにして出来たのであろうと言いたいのだろうが、どんくさいロボットが電源コードをプラグに差し込んでもりもり元気を回復し安堵の笑みを洩らしたり、オイルを刺して肩こりが治ったり、芝居がかってカタカタコトコト動き回る姿を想像しても、真面目に受け取る気はしない。ザンペンドルフがうまく立ち回って乗員の中では一番タロイドたちになつかれ、十戒のまねごとのような教えを述べ伝え、その教祖が権威筋に疎まれて崖から突き落されるのを飛行艇で受け止め救いのミラクルを起こす。いかさま心霊術師が造物主即ち神を演じ、無知なロビーイングたちに革新的な宗教を齎して彼らを対立から共和へと導いたという気楽なたとえ話だとしても、何やらSF宇宙落語じみて一緒に楽しめない。作者は十戒を授けた神はイエス・キリストだと勘違いしているらしいが、ここまでキリスト教を茶化しのめす心理の底に何があるのか。タロイドの一人サーグが「クライバー王国における寛容と英知はおのれの立脚点である哲学の必然の産物であり、同様にクロアキシアで見られる無知と蛮行は自分が最近まで力を貸していた抑圧から必然的に生まれるものだった。改宗がおそすぎたことを、彼は悲痛な気持ちで思い返した」(p502)という後悔はいずれ作者本人が直面する仕儀になったし、またザンペンドルフがマッシ―を「盲目の生を送る愚か者の一人だ」と罵倒する言葉も自分に降りかかったと思う。⑨内なる宇宙のジーナやドイツの格言も同様で、ホーガンはそれらを作品のネタにしているが実は宗教に対する頑迷な先入観を譲らない自分自身に対して、態度変更を示唆する背後からの身内の呼びかけだったのではないだろうか。
「デジデリウム」の項の会津八一の言葉「かえりみて己を知るべし」を謙虚に実行するのは至難の業だと言われる。
ルカ福音書12:11~12「あなたがたが会堂や役人や高官の前へひっぱられて行った場合には、何をどう弁明しようか、何を言おうかと心配しないがよい。 言うべきことは聖霊がその時に教えてくださるからである」は思考やテストや創作に味方の霊が関与していることを表している。助言も含まれる。逆に悪魔が間違った方へ誘惑することもある。「星を継ぐもの」シリーズを読んでいる間しばしばダンチェッカーが訪れ「人間のルールを弁えないで宗教を軽視して失敗した」と慨嘆した。このことは話が複雑になるので今まで書かなかったが「チボー家の人々」を読んだ後ミトエルクが現れて以来再々あった。ブログに②三体を書いたあと史強が来たが一読してすぐ帰ったそうである。フィクション中の人物が実体化するのかと思ったが、逆に作者が作品を創作する作業中彼らが登場人物を役割分担してプロットを組み立てていたと考えた方が正しいだろう。作家がよく「ストーリーを考えなくても登場人物が勝手に動き出す」と言う。ホーガンもそういう仲間たちがいたことを後で知って驚いただろう。
ではダンチェッカーの本当の名前は何だったのかと言うと---多分なかったのではないか。地球に来た時点では誰でもガルースやカラザーやカレルレンやラシャヴェラクのような母星時代の名前があった筈だが、旧体制は「名前を持つ者は悪人だ」と固有名詞を一切使わせなかった。だから誰でも200年もいると自分の名前さえ忘れてしまう。これは体制にとって大変好都合で、殺人事件が起きて被害者の頭部が発見されても誰だか分らない。警察はお手上げで結局事件は迷宮入りした。郵便が来ても本人に渡らなかった。さすがにガバメントは制度を改めて住民登録を強化したようである。
⑬神の目の小さな塵・上(ラリー・ニーヴン、ジェリー・パーネル〉
巻頭の年表によれば1990年アメリカとソビエト連邦の連合国家が誕生したことになっている。この本が出た1970年代初めに随分大胆で楽観的な予想を立てたものである。何が二大強国の結束を可能にしたかには何の説明もない。現実にはソ連崩壊後も米露の対立はぐずぐずと長引き、漸くヨーロッパで欧州連合が出来て独仏が隣国同志背中合わせで協調しているが周辺国の歩調は乱れ勝ちである。今年2020年に初の宇宙植民地が出来たことになっているが現実の宇宙開発の進捗状況はそれには程遠い。物語が始まる3017年までの1000年間に愛国戦争・建国戦争・分離戦争を経過して地球は荒廃しており、母星を忘れないために僅かに残った居住可能区域に士官学校がある。国家の体制は戦前の明治憲法下の日本のような帝政である。ただし軍制は徴兵制ではなく志願兵制である。身分制度には実質的な意味があり貴族階級には世襲の爵位がある。首都機能は首都星ニュー・スコットランドのスパルタ市にありトップに皇帝がいて権力を掌握し帝国議会及び帝国顧問会が諮問する。首都に行政の長である太守メリルがいて地方の星には太守が任命した総督と評議会がある。
帝国のカバーする空域はトランス・コールサック星域と呼ばれる。コールサック(Coalsack;石炭袋)とは実在する巨大な暗黒星雲で、WikipediaによればCaldwell 99または黒マゼラン雲(Black Magellanic Cloud)とも呼ばれる。暗黒星雲コールサックとトランス・コールサック星域の関係は野球帽に例えると分かりやすいかも知れない。頭の部分が暗黒星雲だとすれば帽子のツバに当たるのがトランス・コールサック星域である。だからトランス・コールサック星域の一方の端から他方の端は暗黒星雲に妨げられて見えない。
それまで人類はこの星域に居住可能と見込まれる星を見つけ時間と費用をかけてその環境を改良した。カルと呼ばれる太陽を主星とするニュー・カレドニア系には首都星ニュー・スコットランド及び兄弟星ニュー・アイルランドという惑星がある。両惑星とも発見当時水蒸気とメタンの濃い霧に覆われていて遊離した酸素はなかった。そこに莫大な費用を投じて大量の細菌を運び込み大気を変換し、科学者たちの血のにじむような努力によってわずか100年足らずの間に植民地住民はドームから解放された。このプランの推進者がジャスパー・マースチンだった。ニュー・スコットランドと暗黒星雲の間に35光年の距離を隔ててマースチンの目と呼ばれる赤色巨星がある。当時マースチンの目の周辺に流星のようなまたは火花のような光が盛んに明滅した。この奇蹟的な光景を見た人々は畏怖の念を起こし「チャーチ・オブ・ヒム」と呼ばれる信仰集団が生まれた。これが本のタイトルである「神の目」である。その光の乱舞が何であったかは後に明かされる。
物語の始まる一年前の3016年にニュー・シカゴで反乱が起きた。住民6700万のニュー・シカゴはニュー・カレドニア系からは見えない所に位置する星で、帝国軍の軍港があり総督がいる。反乱軍は現体制に異を唱える共和国派ストーンをリーダーとし、帝国軍の宇宙船ディファイアント号を乗っ取って帝国軍と対峙した。しかし帝国に忠誠を尽す巡洋艦マッカーサー号との戦いに敗れて拿捕され、反乱軍はニュー・シカゴ市内に立て籠もった。トランス・コールサック星域のすべての人類都市は外敵の侵攻に具えてラングストン・フィールドというシールドを張ることが出来る。この時代は光が武器でありかつエネルギーである。フィールドは敵の光線銃の光子エネルギーを拡散し、吸収し、封じ込める。帝国のどの宇宙船も防御用にフィールド・ジェネレーターを具えている。反乱軍がいるニュー・シカゴ市はフィールドによってほとんど無傷だったが、地上戦で多くの犠牲を払いつつも海兵隊がフィールドを突破しジェネレーターを奪還した時点でストーンは停戦の和議を申し出る。それはストーンの生命と財産を保証する条件でニュー・シカゴを解放し戦争を終結させるという提案である。この物語の主人公であり、マッカーサー号の副官である24才の若い中佐ロデリック・ブレインは激しかった地上戦にも参加しており、その申し出を受け入れる。彼は将来父親のクルーシス侯爵の地位を継承する身分である。
戦火は収まったがマッカーサー号はかなりのダメージを受けた。ロデリック自身も敵の光線銃により戦闘服が溶けて腕の皮膚から肉にまで癒着するような火傷を負い治療を受けねばならなかった。マッカーサー号の本格的な大規模修理は首都スパルタのドックで行われることになるが、スパルタまでの航行が最低限可能なような応急修理が行われていた。ロデリックがその進捗を見守っている所に総督府から呼び出しがかかる。総督府に行くと建物は焼け焦げて荒れ果てており、総督以下普段そこにいる筈の高官は誰もいない。彼らは皆反乱軍に殺害されその首が晒しものにされたのだった。代わりにプレハーノフ提督とロッドの上官でマッカーサー号艦長のチラーがいた。プレハーノフはロッドの独断による和議を権限踰越であったと詰問する。ロッドはストーンが爵位のある交渉相手を要求したこと、彼が士官と民間人からなる捕虜の生殺与奪の権を握っていたこと、何よりニュー・シカゴの無事で早急な解放を優先したことを釈明する。厳しい口調であったがたまたま「結果はよかった」とプレハーノフは受け入れ代ってチラーの意見を求める。チラーはブレインの大佐昇進とマッカーサー号の艦長就任に同意する旨意見を述べる。ロッドが話を飲み込めず黙っていると、プレハーノフはロッドに向かって「君のことだよ、大佐。君はマッカーサー号の艦長だ。これから申請手続きをする」と告げる。このあたり帝国軍の雰囲気をよく伝えている。専横的で血の通わない皇軍とは何かが違う気がするが自衛隊はその違いを認め分析しただろうか。ロッドの異例な早期昇進は大量の欠員補充の玉突き人事の結果でもあるだろう。後でも出て来るが作者はロシア人を重要な地位に置いている。この本は一冊の娯楽目的のフィクションに過ぎないが固定観念を揺さぶって一条の光明が漏れる気がする。ロシア系が多数を占める惑星ニュー・エカテリナはコチコチの帝国支持者ばかりという設定らしい。折しもロシアは最近復古的精神の憲法改革をしたようである。
スパルタへの航行に二人の民間人を同乗するよう命じられる。一人はスパルタから私用で来ていたサンドラ(サリー)・ファイラーで人類学専攻の学徒であり貴族の娘である。ロッドとサリーは旧知の仲であった。彼女は捕虜として反乱軍に捉えられていたが牢では身分を隠し通した。このマッカーサー号同乗者中紅一点の美女がこれから遭遇する異星人とのファースト・コンタクトで人類学の博識ぶりを披露するのはいいが、色々としゃしゃり出てロッドを閉口させる。もう一人はアラビア人ホレス・ベリーで大金持ちの豪商である。彼は反乱に共謀した嫌疑があるがまだ証拠は上がっていない。スパルタに連行して詳しい取り調べを受けさせる予定である。
⑦⑧ではコンピューターが生み出す任意の地点間のブラックホールがチューリアン宇宙船の超空間航法のルートだったが、ここではオルダースン推進機構と呼ばれるジャンプがそれに相当する。ワームホールのようなものだろうか。後者は軌条と呼ばれる直線上のルートのインとアウトのポイントが決まっておりそのポイントが何処かについては軍規により秘密絶対厳守が兵員に課せられている。Gショック・ゼロのチューリアン宇宙船の場合と違ってジャンプから抜け出る時乗員は頭がふらふらになる程の加重を受ける。そこを通ると時間が狂う点は共通である。ただしジャンプ航法はエネルギー源である水素を大量に消費するから補給基地が必要である。マッカーサー号は水素の核融合で発生したフォトンを噴霧器の噴射孔ノズルから出た霧のように噴出して飛行する。「クレムナの予言」の項のNo.4本物のエネルギーとは光だろうか。既に出た防御システムのラングストン・フィールドも同様に絶対秘密事項である。
内装など修理半ばながらマッカーサー号はニュー・シカゴを出発し、ジャンプのポイントまでの通常航行で宴会を催す。この時ベリーが宴席で語った、過去の宇宙ビジネスで出会った「信じられない程知能の高い八本足の生物」の話が私の興味を喚起した。後でこのことについて触れるだろう。ジャンプ飛行を抜け出るとカレドニア系の太陽カルは間近にある。そこでスパルタの艦隊司令官から緊急連絡が入り「正体不明の飛行物体発見、捕獲せよ」との命令が届く。ターゲットは初め小さかったが近付くと月の円周より大きな丸い帆を持った帆かけ船---ライト・セール---だった。マッカーサー号のコンピューターで予定進路を計算した結果、スクリーンに表れたベクトルはライト・セールの出発点がマースチンの目の近くにある孤立無援の小さな黄星モートであることを指していた。ロッドは一瞬八本足の生物が動き回っている光景を頭に描いた。この宇宙船もまた光のエネルギーを利用している。巨大な帆は宇宙の光を集めて推進するだけでなく太陽風も取り込んでいる。更に出発点付近から発せられたレーザー光も受け取って利用していた。スピードと距離を計算した結果通常空間を約130年かけて飛んで来たことになる。
モート宇宙船からマッカーサー号にレーザー砲が発せられるがフィールドにより被害はない。フィールドは見る見る大きくなる太陽カルと宇宙船の巨大な帆の反射による両方の光熱にどうにか耐えている。マッカーサー号は帆を突き破って前に出て宇宙船と帆とのつなぎ目をレーザー砲により切り離す。減速し始めたモート宇宙船から何か黒い影が飛び出したのが見えた。宇宙船はかなり大きい。その前方にいるマッカーサー号は移動しながら格納庫の扉を開いて宇宙船を待ち受ける。重い衝撃と共に宇宙船は格納庫のドアにがっちりと挟まった。と同時にカルのコロナとの衝突を回避するため進路を急変更する。陰の声「実際こんなにうまく行くかしら」。
船はそのまま首都星まで運ばれた。船内には1メートル24センチの裸足裸の生き物が一体乗っていたが砲撃によって死んでいた。細い右腕が2本ありそれぞれに6本の指があって、1本の太い左腕には3本の指があった。筋肉の盛り上がった左肩と頭部は繋がっていて首はない。体毛がある。右側だけに大きい耳が一つあってその下に首があり肩がある。つまり体型は左右非対称である。しかし顔には二つの目と口がありその配置は左右対称である。腰から下は左右対称で二足歩行するらしい。つまり手足は計5本である。学者たちも全く知らない生物だった。船内の装置や機器も何やら奇妙で3Dプリンターで作ったように一体化している。すでに常温超電導体金属らしきものがある。
太守は学者たちの意向を受けてモート星への遠征隊派遣を決定する。構成は海軍の乗員のほかに科学者グループ、通商関係者、外務省役人、教会関係者である。マッカーサー号と軍艦レーニン号が派遣される。マッカーサー号は増えた一般人乗客を収容できるよう改造される。レーニン号の艦長は軍規に非情なまでに忠実なクトーゾフ司令官である。決してレーニン号に異星人を乗せてはならない。もしマッカーサー号が敵に拿捕されればレーニン号はマッカーサー号を撃墜する(この危惧は現実になる)。オルダースン航法とラングストン・フィールドの秘密を守るためである。興味津々なサリーも科学者の一人として同行を希望し許可される。マッカーサー号からの下船を禁じられているベリーも通商関係者の一人として加わる。出発のセレモニーで枢機卿が祈りを奉げる。「主よわれを清めたまえ。われ潔くならん。われ雪よりも白くならん。初めのように、今も何時も世々に、アーメン」まだカトリックは健在か?
最初のジャンプでマーチスンの目は手の届く距離になった。このあたりにはトロヤ群小惑星と呼ばれる無数の小惑星の惑星帯がある。ところがその小惑星帯から一機の小型宇宙船がマッカーサー号めざして近付いて来るのを発見した。それはモート人エンジニアが一人乗った採鉱船で、小惑星帯で鉱物を探していたのだがマッカーサー号を金属のかたまりと思って興味を持ったのだった。彼女(モート人)はその船が不思議なエネルギーの膜に覆われているのを見た。その秘密を知るためなら命を懸けてもいいと思った。モート船は近くに停泊し、士官候補生の一人ホイットブレッドが選ばれ宇宙タクシーに乗ってモート船に近づく。宇宙タクシーは前面が透明なので相手から搭乗員や内部の様子が見える。同様にモート宇宙船も前面が透明でモート人が一人乗っているのが見える。ホイットブレッドがエアーロックを開くとモート船もエアーロックを開く。ホイットブレッドが船内の気密室に招き入れられると、既に見慣れたモート人一人のほかにモート人そっくりで身長30センチ位のミニチュアが数匹いた。ホイットブレッドはミニチュアをフクロウ(*註1)のように感じた、とあるが私はミーアキャットを想像した。ミニチュアは左手が2本あり手足は計6本である。ホイットブレッドが圧力服らしいものを取って手渡しマッカーサー号を指し示すと意味が通じてマッカーサー号に行くことを承諾した様子である。この時モート人は二匹のミニチュアを袋にいれて空気で膨らまし残りは殺してしまう。一部始終はホイットブレッドのヘルメットに取り付けられたカメラでマッカーサー号のスクリーンに映し出され全員が興味津々注目している。宇宙服を着てその袋を持ったモート人が宇宙タクシーに乗り込むと間もなくモート船は自動運転でトロヤ群に向け帰還する。彼女はマッカーサー船内の機械や備品を見て自分が必要とされているのを理解した。モート人は自分がエンジニアとして招かれたと思っている。だから手当たり次第になんでも分解し改良してまた組み立てる。サリーのポケットコンピューターもベリーの高級時計もさっと奪って分解して掃除しまた立派に組み立てた。船の機械類にも手を出すが周りがあわてて止める。コミュニケーション能力はない。ミニチュアはモート人の身体が入れないような狭い所で同じような作業をするよう飼い慣らされている。モート人は女でミニチュアもメスであり一匹が妊娠していてやがて子を産む。ところが子を産んだミニチュアは性転換してオスになり親と子が交わってまた子を産む。オスはまたメスに戻る。このことはモート人も同じであることが後で分る。事件が起きてモート人とミニチュアは一緒に金網の檻に入れておいたのだが金網が破られミニチュアが逃げ出していた。
モート母星から別の宇宙船が近付いて来るのが発見される。到着まで70時間かかる見込みである。マッカーサー号が内蔵する最大の宇宙船であるカッターにはレ-ザー砲が具わっているがフィールドはない。トロヤ群に興味を持つ学者がいて、カッターに学者を含む6人が搭乗し60時間で小惑星帯に行って帰る計画が建てられた。小惑星はすべて中が空洞ではるか昔に採掘し尽し、住居として使われていた形跡があった。モート人のミイラや使い捨てられた用途不明の機器があった。モート人には埋葬の習慣がないらしい。小惑星はもとはべつの場所にあったのがそこに寄せ集められていた。
モート船はすぐそこまで迫っていた。マッカーサー号は魚雷発射準備を完了しフィールドの強度を最大にして待ち構えた。モート船が近付くにつれそれが発するヒユージョン・ジェットは眩いばかりに輝き、マッカーサー号に並んでぴたりと止まった。幸いそれは軍艦とは思えなかった。ホイットブレッドが再び指名され小型宇宙船でモート船に近付いた。彼がエアーロックのドアを開けると向こうも船首のドアを開けた。透明な宇宙服を着た一人のモート人が武器らしいものもなく立っていた。ホイットブレッドが近付くと彼女は身体をよけて招き入れた。彼女は自分がミディエーターであってウオリアーではないことを示すべくホイットブレッドの前で宇宙服を脱いだ。次の部屋に十数人のモート人が笑ったような歪んだ顔でホイットブレッドを待っていた。ミニチュアより大きい子供が二人いた。モート人たちはざわめいていたが一人のモート人が前に進み出るとざわめきはぴたりと止んだ。何か言ったがもとより理解不能。ホイットブレッドは自発的に宇宙服も着衣もすべて脱いで裸になった。モート人たちは寄って来てホイットブレッドの筋肉や骨格の構造を調べた。声はまた騒がしく時にはけたたましくなった。一人がしゃがんで膝を抱える格好をしたので彼も真似した。調べが終わりホイットブレッドが服を着て元の姿に戻ると一人が前に出て自分を調べるよう促すしぐさをした。ホイットブレッドはかぶりを振って横を向いた。それは学者がすることである。ホイットブレッドがロッドにモート人を連れていくかどうかマイクで尋ねるとロッドは拒否した。第二派の学者グループがカッターで赴く。その中にサリーがいて、彼女も学者グループをしばし入口の部屋に待たせて自発的にホイットブレッドと同じことをした。マッカーサー号はモート船から離れた。
ハーディー神父は異星言語学者でもある。彼が自分を指してデビッドというとモート人も自分を指してフィアンチ(チャッ)と答えた。ところが後の話し合いで他のメンバーにもモート人が自分を指してフィアンチ(チャッ)と答えたことが分った。従ってフィアンチ(チャッ)とは人間それぞれに付く担当者を意味するらしい。これらのモート人はエンジニアと違って担当する人間の声色や言葉をすぐ身につけ考え方を理解した。それが交渉ごとのプロであるミディエーターの特技なのだった。フィアンチはフィアンセを想起させ、共にカップルの関係であることを表すが関係あるのだろうか。神父が物を指さして英語の名詞を言うとそっくりまねして次々に覚えた。イエス・ノーもすぐに覚えた。二週間たってロッドのフィアンチ(チャッ)が付いた。ロッドがマッカーサー号から連絡すると必ず彼女がいた。一カ月もすると人間とモート人の英会話はほとんど支障なくなる。
他方、逃げたミニチュアはなかなか捕まらなかった。誰かが夜調子の悪い機械とエサを置いておくと、エサがなくなり機械が直っていたりして、小妖精(ブラウニー)がいるという噂がたった。モート人はミニチュアを知能のない使役動物だと言うが、あちこち出没するらしいミニチュアがどれだけマッカーサー号の秘密を掴んでいるかロッドは気にかけていた。モートのエンジニアはミニチュアと意思疎通できるらしい。しかしミニチュアを可愛いがっているサリーも科学技術庁長官ホーバートも「モート人は極めて友好的でロッドは考え過ぎだ」という意見である。ロッドが軍規の秘密保持条項を引いて本格的ミニチュア駆除の意志を表すと、航海長のレナーがモート人は既にオルダースン航法を知っていると言い出した。レナーのフィアンチ(チャッ)が言うにはかつてクレージイ・エディーという天才がいて、帆掛け船を作ったのも彼だった。彼は超空間航法を何度も試したがうまく行くと船は皆行方不明になった。入口は正しいが出口はマースチンの目の灼熱地帯で船は燃え尽きたのだった。逆にマッカーサー号が現れたのはクレージイ・エディーが超空間航法ジャンプを試した入口ポイントだった。ミニチュアの駆除は格納庫甲板を真空にし、乗務員及び乗客全員を格納庫甲板に集めて船内を真空にし、再度これを繰り返し、通気管に一酸化炭素を注入して行われた。24体のミニチュアの死体が確認され結果はレーニン号のクトーゾフに報告された。エンジニアのモート人は何故か弱って行った。その存在を後から来たモート人に言うことは禁じられていたが彼らは知っていた。しかしその体調不良なぞ気にも掛けなかった。ホーバート科学庁長官はモート人にモート星へ招待されたことを告げる。クトーゾフに報告すると行く行かないの決定はロッドに一任された。モート船にはマスターと呼ばれるリーダーがいたことはまだ人間には隠されていた。死んだエンジニアの遺体はモート船に引き渡された。
マッカーサー号はカッターを先導に立てモート母星に近付きつつあった。
⑭神の目の小さな塵・下(ラリー・ニーヴン、ジェリー・パーネル〉
モート母星はトランス・コールサック星域のはるか辺境に属する。大気は有害であるが心臓障害か気腫の患者でなければ致命的ではない。重力は地球を1として0.78である。気温は寒冷だが赤道付近には温帯または熱帯がある。一日は約27時間。人口は過密である。上陸組はカッターに乗りモートからの迎えの船に乗り換える。ニュー・スコットランドの環境改良を成し遂げた人間の技術力をもってしてもトロヤ群に小惑星を寄せ集めることは困難だろうと考えるベリーも、モート人の高いテクノロジーに商売の可能性を嗅いで同行する。超高層ビルの密集する市街地の中にある1メートルの余裕もない空港に飛行船は巧みに着陸して高い運転技術を見せつけた。宿舎への迎えの車は複雑な曲線の込み合った道路を巧みに衝突を回避しながら猛スピードで飛ばす。途中どのビルも屋上庭園があり野菜を栽培しているのが見える。モート人歩行者の間に3メートルもある巨人が荷物を持って歩いていた。あまり知能の高くないポーターである。頭の小さい赤い毛のモート人は医者だった。このようにモート人は種類が仕事に応じて分化している。白い毛のモート人はマスター(自分のグループに命令を下す者)で⑬の宇宙船にも一人乗っていた。アルプスのチロル地方にあるような城が客人の宿だった。中の空気は浄化してあった。
次の日一行は美術館を訪れる。絵画や彫刻は歴史上の出来事を題材にしたものが多い。ライト・セールとレーザー砲によって駆動される宇宙船を設計したクレージー・エディーの絵もあった。船が実際に作られたのはずっと後の世のことだった。次の訪問は6階建ての建物の中にある動物園だった。唇から2本の牙の出たモート巨人がいた。ついに飼い慣らすことの出来なかったポーターの変種である。ここ以外には生き残っていないモート原人もいて、これも飼い慣らせなかった。5階は砂漠の廃墟の町、6階は寒冷地だった。寒冷地には驚くほど多種の動物がいた。夕食後の団欒の話題は赤色巨星マースチンの目が西暦2774020年4月27日午前4時から4時半の間に超新星爆発を起こすことまでモート人は知っていることだった。宇宙物理学者バックマン博士も自分で計算して正しいことを確認したと言う。
マッカーサー号にミニチュアによって加工された箇所が発見され、彼らの残存が確かめられた。隠れている場所は分からない。クトーゾフに報告すると学者たちをすぐに呼び戻せと言う。ミニチュアが得た知識がモート人に渡る前にモート星を離れた方が良いからである。モート人にはマッカーサー号に急病人が出たことにする。ミニチュアが隠れていたのは砲塔の中だった。ミニチュアには出入口の見えないエアーロックで気密室を作る能力がある。レーザー砲と抗菌剤を砲塔の穴に放射すると中からミニチュアの死骸の山が出て来た。ネズミを飼って食用にしていた。どこかで警報が鳴った。これを契機としてほかの場所に隠れていたミニチュアが一斉に暴れ出したのだった。ミニチュアは武器を持っていた。「君はマッカーサー号のコントロールを失っている」と言うクトーゾフの非難をロッドは受け入れざるを得なかった。クトーゾフはレーニン号から回される舟艇によってマッカーサー号にいる民間人と持ち帰って研究資料とするモート人の装置類をレーニン号に移送することを命じ、ミニチュアとの戦いに集中するロッドに「無事を祈る」とメッセージを送る。もとは2匹が今やその数は推定数百。あちこち機械が動かなくなっていてマッカーサー号は航行不能状態に陥っていた。
レーニン号からの連絡を受けたモート星訪問団は急遽カッターで戻りレーニン号の舟艇に乗り換える。旅行気分を害されて不満だった学者も事情は理解した。サリーはロッドがまるで別人のように面やつれしているのを見て愕然とした。魚雷の自爆装置をセットしに行った3人の士官候補生がミニチュアの放つビームに妨げられて制限時間内に戻れそうもない。ロッドは彼らに救命ボートを使用するよう指示してマッカーサーを後にする。救命ボートは一人乗りであちこちに係留してある。3人の乗ったボートはマッカーサー号から遠く離れレーニン号からの救助を待つはずだった。しかしミニチュアによって細工され自動運転でモート星に行くよう改造されていた。ロッドはレーニン号の司令官室からクトーゾフと一緒にマッカーサー号の最後を見守った。しかし水爆2個の自爆装置は時間を過ぎても爆発しない。ミニチュアが何かをしたに違いない。クトーゾフはマッカーサー号の砲撃を命令した。それでも尚フィールドに守られて容易には爆発しない。ジェネレーターはどこかに動かされミニチュア側に渡っていた。さらに砲撃し続けるとフィールドは色が青から黄色に変わって消え、裸のマッカーサー号が現れた。やっとクトーゾフが撃ち方止めを指令した時そこには煙が漂っているだけだった。生態系の全く違う世界にいる異星人を友愛や素朴な動物愛護や外見上の既知の生物との類似点だけで判断するのは極めて危険であろう。私は読みながら後ろでずっとアラームが鳴っている気がした。救命ボートの行方を案じているレーニン号にモートの使節船が近付いて来て三人は大気圏突入で焼死したことを告げる。実はこの時点ではまだ彼らは生きていた。
3人のうちホイットブレッドとポッターの乗ったボートは巨大な円形ドームの近くに下りた。まわりは一面畑で、初めて見るタイプのモート人であるファーマーが働いていたが二人には無関心だった。レーニン号との連絡はつかなかった。その建物は入口の台に図示された絵のパズルを解ける者、つまり一定以上の科学的知識のある者だけが入れる仕掛けになっていた。ポッターがパズルを解き中に入るとそれは歴史館で、中は十二の時代別に分かれた機械や武器の展示館だった。展示物はモート星の歴史に何度も戦争があったことの証であった。いつもモート人は最終的に二派に分れて争い、わずかに生き残った方が次の文明をまた原始時代からやり直すことを繰り返して来た。⑬でマースチンの目に現れた光の乱舞の正体はこの戦争だった。今やモート星は過密状態になりまた対立抗争が起きそうな時期に来ていた。後を振り返るとホイットブレッドのフィアンチ(チャッ)と仲間のステイリ―がいた。⑬でマッカーサー号に飛行船で近付いて来た友好的なモート人たちが彼を助け出して飛行機で連れて来ていた。このモート人グループのマスターであるチャーリーもいて三人を連れて行こうとしていた。チャーリーには更に彼の上にグループのボスであるピーターというマスターがいる。マスターはそれぞれ手勢のウオリヤーを抱えている。彼らは人間に敵対しないグループだった。しかし三人は不法侵入でお尋ね者になっていて高い戦闘力を持つ治安兵のウオリアーが近付いていた。追手から逃れる道すがらホイットブレッドのモート人がモートの人口爆発の話をした。モート人は最初男だが女になると出産しなければ死ぬことを説明した。⑬でエンジニアが弱って死んだのもそのせいだった。彼らの平均寿命はわずか25年であるが性転換を循環する自分達の異常な繁殖力を認識していた。もし争いを避けるためにモート人が住み分けて他の星に植民すればそこでもすぐ人口爆発を起こすだろう。人間と植民地を巡って戦争になればむしろ文明の歴史がずっと長いモートの方に分があると言う。またレーニン号が無事に帰還できるのもチャーリーとピーターがそれを望んだからだと言う。その方が人類と平和的な関係の未来を開拓できる。
モート人はミディエーターの権限を利用して再び飛行機を挑発し宿舎だった城に向かった。途中チャーリーとピーターのどちらが三人を支配するかを巡って争いが始まったのを知った。それによってレーニン号が既に去って合流が叶わない状況であることを三人は理解した。城はすっかりカラになっていた。外で両方のウオリヤーが撃ち合っていた。銃を撃つ音は散発的だが音がすると確実に相手が倒された。ミディエーターがハーディ神父そっくりの英語で「落ち着きなさい。きみたちの宇宙船は引き返した。きみたちに危害を加えるつもりはない」と呼びかけた。しかし彼らは軍規によって秘密厳守すべき軍事情報の知識を持っており捕虜になる訳にはいかない。ウオリヤーと争いながら三人の士官候補生はそこで若い命を終えた。すると撃ち合いは止んだ。もはやチャーリーとピーターがそれ以上争う理由はなくなった。
レーニン号で科学者8名、上官5名、士官候補生3人を含む兵員14名の死亡が確認され死者の追悼ミサが取り行われた。モートの使節船はまだ近くにいた。モート人に敵意なしと主張する科学技術庁長官ホ-バートとクトーゾフは意見が対立する。しかし今回の遠征隊は学者たちによるモート星査察が主目的で学術調査で得た情報を持ち帰ることが任務であり、学術班代表の意見を軽視出来ない。クトーゾフはホ-バートの要望を入れモート使節船への連絡を許可した。モートは「我々の人間へのギフト・シップがジャンプの入口地点へ向かっていて三人のモート人代表が乗っている」と伝える。予定の地点でレーニン号とギフト・シップは出会う。ホ-バートは人間の仕様に合わせて改造された宇宙船をすっかり気に入り、各種のモート人に似せて作った土産の人形を所望する。これに対しベリーは「モート人たちは自分らが人間より優れた知能を持っていると考えている。モート人は人間を飼い慣らすべき動物と見做している。できれば懐柔によってだが、とにかく飼い慣らして滅多に姿を見せないマスターに仕える新しい奴隷階級に仕立てようとしている」(p270)と警戒している。ベリーの考察が核心を突いていたことを次項で述べるだろう。しかしレーニン号海兵隊のエカテリナ人さえ呑気に構えベリーの警告をまともには取らない。
代表三名を帝国に派遣したいというモート人の要請があり、それを受け入れるべきかどうかレーニン号で戦略会議が開かれた。モートの潜在的脅威についてその戦力を推定したグラフが人々を驚かせた。モートは二年以内に帝国を上回る戦力を持つと予想された。ホーバートは招聘に熱心だがビリーは反対した。ロッドは現在の所彼らに明白な侵略の意図は見出せないので拒絶する根拠はないと意見を述べる。結局厳重に荷物検査し代表以外は一切搭乗させないこと、三人をレーニン号の船室に隔離して自由を与えないことを条件に受け入れることになった。彼らが再びモート星に戻れるか帝国で残りの生を終えるかは交渉の成否に懸っている。最後にホーバートがギフト・シップ自体の受け入れを提案しようとした時クトーゾフは既に席を離れていた。ギフト・シップは破壊された。モート人たちは初めて経験するジャンプ飛行に目を白黒させた。
レーニン号帰還の知らせは星域各地に興奮をもって迎えられた。電文が届いてロッドとサリーの結婚は皇帝以下関係者の配慮を得て軌道に乗りそうである。さらに電文はロッドがモートとの交渉特別委員長に、サリーがメンバーに指名されたことを伝えた。レーニン号でロッドとサリーの盛大な送別会が催された。海兵隊が900年の伝統あるコサックダンスを披露しハーディ神父とベリーは二人の婚約を祝福した。ニュー・スコットランドでサリーは叔父ベンジャミン(ベン)・ファウラー上院議員と久しぶりに再会した。マッカーサー号を失ったロッドに対する査問は寛大な処置により無事終了した。ベンは特別委員長就任の重要性を説きロッドは海軍退役を余儀なくされた。モートとの交易はビジネス界に大きな影響を及ぼし衰退する企業と栄える企業があるだろう。将来に渡る戦略的な関係のあり方も見通さなければならない。異星人に対する防衛問題である。ところで歴史上モート人がどのように位置付けられているかWikipediaのモートを参照されたい。彼らが住む地下世界とは何を意味するか。また英語にmortalという単語がある。実は彼らは我々の身の回りにいる。
モート人代表は賓客の待遇を受けた。彼らは言葉にほとんど不自由しなかった。各種セレモニーのあと会議が開かれた。そこでモート人の寿命が25年であることが明かされ人間はショックを受ける。またミディエーターはラバのような雑種であって子供を持つことは出来ない。会議の後ハーディー神父は「彼らの高い知力、目まぐるしい早口、素早い知能の回転は彼らが密度の高い一生を送ることの現れであろう」と言う。ロッドの新しい任務の補佐役に選ばれていた元マッカーサー号航海長のレナーがモート星で見聞した彼らの旺盛な繁殖力について語るとベンは眉をひそめた。彼らは新たな居住地として帝国を侵略する意図を隠しているのかも知れない。ミニチュアの恐るべき増殖の例もある。宇宙生物学者のホロビッツもモート人の現在の進歩と分化は百万年の間何度も繰り返された戦争の歴史によって生まれた適者生存の結果であると推定した。しかしホーバートは彼らを正直で友好的な生物であるとの見解を変えない。会議でもモート側は巧みに自分達の進出に危険性はないことを主張した。帝国の領域内でまだ植民地化されていない星の環境を自力で改良するとまで言い出した。
「私たちを信じて下さい。わたしたちは決してあなた方に迷惑を掛けたくないのです。何世紀もの間閉じ込められていたモート系からわたしたちは解放されるのです。瓶から出られるのです。わたしたちはあなたがた人類に対して、かぎりない感謝の気持ちを抱いています」
大勢が受け入れに傾いた最後の詰めの段階で、レナーが「あなたたちはモート人の全階層を植民地に移す考えですか」と質問した。代表の一人は「ええまあ---」とあいまいに肯定した。レナーはマッカーサー号がライト・セールを追尾した時の映像をスクリーンに映し出した。マッカーサー号が放った光子銃を受けてライト・セールから黒い影のようなものが流れ出た。その影を停止して拡大すると何種類かのモート人の姿がアップされた。その中に鉄のような引き締まった強靭な身体を持ち肘や膝や踵(かかと)に角がある、海兵隊の教官さえ太刀打ち出来そうにない全身バネ仕掛けのようなウオリヤーがいた。美術館で見た戦争の絵にもそれが描かれていたが、彼らは歴史上一時的に出現した鬼だと説明した。モート人は今回もそれを繰り返し、画面に映っていたのは人形だと主張したが、委員会にはもう彼らの言葉を全面的に信用する雰囲気はなくなっていた。スクリーンに表示された美術館の絵の中に恐ろし気な牙を持ち手に銃を持ったネズミのような生き物が描かれていたのに注目が集まった。ベンがロッドに「もし彼らが生きているとして帝国軍と戦ったらどうなるだろうか」と質問した。ロッドは「数千のサイボーグ軍と戦ったときも苦戦だった。モートの戦士は宇宙戦争にも経験を積んでいるでしょう。我々には勝ち目はありません」と答えた。モートの存在が帝国にとって避けがたい緊急の危険であるならこちらから先制攻撃に打って出る方が有利である。そうなればロッドも復員するつもりだった。
帝国軍がモート星への侵攻の準備を始めた時、モート人代表の側から委員会に会談の申し入れがあった。彼らの態度はすっかり改まり声の調子も違っていた。そして士官候補生三人の死の顛末を開示し、三人は立派に秘密を守り通したことを委員たちに伝えた。だからモートはまだジャンプの出口を知らない。そこでモート人側は侵攻ではなく封鎖作戦を提案した。モート船がジャンプに入ってもほとんどの船は空の藻屑と消えるだろう。ジャンプの出口で帝国軍が待ち受けていて、もし偶然ジャンプに成功した船があればGショック未経験のモート人が意識朦朧としている間に砲火で叩けばよい。あと50年も封鎖し続けるならモート星は人口飽和の限界点を超えてまた内乱が始まり一から出直しになるだろう。委員会は提案の妥当性を受け入れ、帝国軍は具体的に封鎖作戦の計画に着手した。さらにモート人代表はライト・セールにウオリヤーがいたのはモート星系外の星にもモート星と同じような生物がいると考えたからと説明した。
べリーが看守兵に連れられて登庁するとそこにはベンとロッドがいた。べリーは覚悟を決めていた。しかしベンとロッドの提案は意外なものだった。べリーはモートとの交易に積極的な業界のグループに対しそれが如何に危険なビジネスであるかを訴え交易に反対するグループの主要メンバーになることを求められた。べリーがその役目を引き受けたのは助かりたいからだけではなかったし、当分の間故郷のレヴァント星に戻れる自由はないだろうと思ったからだった。
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(*註1)ギリシャ神話でアテナのペットはフクロウであるが、このブログの進展に従ってマリアはアテナでありマリアがモートと関係あることが明らかになる。