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これは一人のマイノリティーが書いた自分自身とこの国の救いなき来世についてのレポートである。W.ジェイムスは労作「宗教的経験の諸相」で“超感覚者は無敵である”と言ったが果たしてそうだろうか。この時代、むしろ私は“常感覚者は巨象である。我々はその足に踏み潰されないよう必死に逃れる蟻のようなものだ”と思う。しかし今、孤立の怖れを捨てて私はこう叫ばねばならない。

“人々よ、長い眠りから目覚めよ。無知の麻薬の快楽に耽るな。そしてこの警告を受け入れる人々に神の恵みあれ。”

SF(4)

 私が⑨⑩「内なる宇宙」の評を書いたのを見て「こんなに細かく書いても誰も読みはしないよ」という声があったらしい。書いている途中私も独り相撲をとっているようで疲れた。550ページの分厚い⑫「造物主の掟」を読んだのは題名につられてホーガンが今度はまともに宗教を取り上げたのかと多少の期待があった。読んで私の意見を修正する必要があればそうする心算だったし、Amazonの星の数も悪くなかった。結果は以下の通り。星二つの辛い点を付けた人の「アシモフに比べて格下」というコメントが載っている。ロボットといえばアシモフだろうが告白すれば私は全然読んでいない。ファンタジックなスペースオペラを求めている訳ではないから少し違うのかなと思うが、あらゆる分野に造詣が深く何せレパートリーの広い人だから得る所は大いにあるかも知れない。今回「造物主の掟」を読んで目がちらついたが若い時いくつかでもアシモフを齧っておくんだった。彼の宗教観はどんなだったろうかと気になるが、やはり科学技術偏重の考えで霊界なんかたわごと扱いだったらしく、死んで「ぼんくら共と大した違いはなかった」と嘆いたらしい。霊界とは、古ければ古い程進んだ技術の成果物が残っている世界である。今いる地域にも異星の学校で「カドリフレックスについて習った」という者がいるらしい。
 ⑬「神の目の小さな塵」は面白かった。作者ラリー・ニーヴン(1938~)は存命中で、もし聞きたいことがあれば、返事が来るかどうかはともかく手紙を書くことは出来る。作中にハーディーという従軍神父が登場するが決して軽々しくは扱っていない。今から丁度1000年後が舞台で、事実そうなるかどうかはともかく、その間何があったかを示唆している。それと関連するが、ドイツが「もう時間がない」と宗教改革を急いでいるらしい。このブログを翻訳しているらしいが名誉なことである。しかしまだ霊界での動きの段階で、実際に何時どういう形で宗教界に変化が現れるかは分からない。ドイツの霊界でも嘘は悩みの種らしい。

⑫造物主の掟(JPホーガン)
 はじめて一般乗客を乗せて火星に行く宇宙船オリオン号に、今を時めくショーマンのインチキ心霊術師カール・ザンペンドルフ並びにそのスタッフ一行と高名な認知心理学者のジェロルド・マッシ―教授が乗っている。マッシ―は彼自身マジックの心得があって時々人をあっと驚かし、世に言う超常現象なぞ全く信じていない。救済を信じて誠実に生きれば来世は神に迎えられると説く宗教の原理は彼にとって愚かな迷信にすぎない。もし今回の旅行でザンペンドルフが火星を舞台にして地球に向けて心霊術パフォーマンスをやれば必ずやそのトリックを見破ってやろうと狙っており、ザンペンドルフもそれは先刻承知である。この勝負、どっちが勝っても大して得る所はないだろうと思わせるけれども、それはそれでエンタメとして読者も楽しめるだろうと期待するだろうが、結局そういう舞台はなく勝負はどっちつかずで終わる。ただし船内で二人が最初に対決する場面で、マッシ―が「未来を見通す千里眼の持ち主なら火星で何が起きるかここで予言してみろ」と迫ったのに対し、ザンペンドルフが「火星だと?きみはこの船が火星に着くと思っているのか?きみも盲目の生を送る愚か者の一人だ」とはぐらかし相手をこき下ろしたのはザンペンドルフが一本取ったことになる。実際この船は土星の衛星タイタンに行くことがまもなくアナウンスされる。積載燃料の量や作業計画書をこっそり調べたザンペンドルフの有能なスタッフたちのお手柄である。しかし如何に選ばれれば超ラッキーな費用お抱えのタダ旅行とは言え、乗客に正しい行先を前もって告げず明確な了承も得ないままで、公表とは全く別の星に行く宇宙旅行などというものが実際の話あり得るだろうか。

タイタンはあちこちにジャンク置き場のある雑然とした世界で、その住民はRobeing(ロビーイング)もしくはタロイドと呼ばれる機械人間だった。機械人間はもとは同一規格の工場で作られたのだが永い間に数が増え、やがてグループごとに国を形成し、今は人間の集団と同じくそれぞれ王もしくは指導者を戴き固有の身分制も指導理念も宗教もある。もとはと言えばはるか昔、一機の無人探索宇宙船がこの星に降り立ち、最初そこから資源調査用ロボットが出て来たのが始まりで、タイタンに有望な鉱脈ありと診断されて作業用ロボットが資源を採掘し鉱石を分別集積すると共に、それを精製して得た金属を用いて工場が建ち規格通りの資材が作られ、プログラムにより工作機械が組み立てられ、それがまた作業用ロボットを拡大生産し拠点を広げた。ロボットの頭脳であるAIは宇宙船からコピーされるのだが、たまたま宇宙船が超新星爆発した星の近くを通ったためその高熱によりコンピューター内蔵のソフトにダメージを受け、生まれるロボットたちも何やら本来のものと違い完全無欠とは程遠い代物である。一度駄目になったロボットは潰されてそれを資材に戻しまたロボットが再生産されるが、この廃品再活用専門のロボットが出来たばかりの新品ロボットを力わざで潰してまたロボットを作ったりする。本来の目的であった筈の鉱物資源イールドは宇宙船の母国から回収しに来る気配すらない。

ヒューマノイドと呼ばれる人間界もこのようにして出来たのであろうと言いたいのだろうが、どんくさいロボットが電源コードをプラグに差し込んでもりもり元気を回復し安堵の笑みを洩らしたり、オイルを刺して肩こりが治ったり、芝居がかってカタカタコトコト動き回る姿を想像しても、真面目に受け取る気はしない。ザンペンドルフがうまく立ち回って乗員の中では一番タロイドたちになつかれ、十戒のまねごとのような教えを述べ伝え、その教祖が権威筋に疎まれて崖から突き落されるのを飛行艇で受け止め救いのミラクルを起こす。いかさま心霊術師が造物主即ち神を演じ、無知なロビーイングたちに革新的な宗教を齎して彼らを対立から共和へと導いたという気楽なたとえ話だとしても、何やらSF宇宙落語じみて一緒に楽しめない。作者は十戒を授けた神はイエス・キリストだと勘違いしているらしいが、ここまでキリスト教を茶化しのめす心理の底に何があるのか。タロイドの一人サーグが「クライバー王国における寛容と英知はおのれの立脚点である哲学の必然の産物であり、同様にクロアキシアで見られる無知と蛮行は自分が最近まで力を貸していた抑圧から必然的に生まれるものだった。改宗がおそすぎたことを、彼は悲痛な気持ちで思い返した」(p502)という後悔はいずれ作者本人が直面する仕儀になったし、またザンペンドルフがマッシ―を「盲目の生を送る愚か者の一人だ」と罵倒する言葉も自分に降りかかったと思う。⑨内なる宇宙のジーナやドイツの格言も同様で、ホーガンはそれらを作品のネタにしているが実は宗教に対する頑迷な先入観を譲らない自分自身に対して、態度変更を示唆する背後からの身内の呼びかけだったのではないだろうか。
28項・デジデリウムの会津八一の言葉「かえりみて己を知るべし」を謙虚に実行するのは至難の業だと言われる。

ルカ福音書12:11~12あなたがたが会堂や役人や高官の前へひっぱられて行った場合には、何をどう弁明しようか、何を言おうかと心配しないがよい。 言うべきことは聖霊がその時に教えてくださるからである」は思考やテストや創作に味方の霊が関与していることを表している。助言も含まれる。逆に悪魔が間違った方へ誘惑することもある。「星を継ぐもの」シリーズを読んでいる間しばしばダンチェッカーが訪れ「人間のルールを弁えないで宗教を軽視して失敗した」と慨嘆した。このことは話が複雑になるので今まで書かなかったが「チボー家の人々」を読んだ後ミトエルクが現れて以来再々あった。ブログに②三体を書いたあと史強が来たが一読してすぐ帰ったそうである。フィクション中の人物が実体化するのかと思ったが、逆に作者が作品を創作する作業中彼らが登場人物を役割分担してプロットを組み立てていたと考えた方が正しいだろう。作家がよく「ストーリーを考えなくても登場人物が勝手に動き出す」と言う。ホーガンもそういう仲間たちがいたことを後で知って驚いただろう。

ではダンチェッカーの本当の名前は何だったのかと言うと---多分なかったのではないか。地球に来た時点では誰でもガルースやカラザーやカレルレンやラシャヴェラクのような母星時代の名前があった筈だが、旧体制は「名前を持つ者は悪人だ」と固有名詞を一切使わせなかった。だから誰でも200年もいると自分の名前さえ忘れてしまう。これは体制にとって大変好都合で、殺人事件が起きて被害者の頭部が発見されても誰だか分らない。警察はお手上げで結局事件は迷宮入りした。郵便が来ても本人に渡らなかった。さすがにガバメントは制度を改めて住民登録を強化したようである。

⑬神の目の小さな塵・上(ラリー・ニーヴン)

-----Under Construction-----