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これは一人のマイノリティーが書いた自分自身とこの国の救いなき来世についてのレポートである。W.ジェイムスは労作「宗教的経験の諸相」で“超感覚者は無敵である”と言ったが果たしてそうだろうか。この時代、むしろ私は“常感覚者は巨象である。我々はその足に踏み潰されないよう必死に逃れる蟻のようなものだ”と思う。しかし今、孤立の怖れを捨てて私はこう叫ばねばならない。

“人々よ、長い眠りから目覚めよ。無知の麻薬の快楽に耽るな。そしてこの警告を受け入れる人々に神の恵みあれ。”

爆弾発言(1)

「はじめにことばがあった。ことばは神のもとにいた。すべてのことは彼を介して生じた。彼をさしおいては何一つ生じなかった」とは「全部嘘、言葉だけの作り事ですよ」ということだと合点し、笑って笑って涙が出た。素朴な人間は「こんな説はハッタリだ」と言って阻止出来なかったのだった。これも「人間なんてみんな馬鹿だ」の仕掛けの一つである。ヨハネの冒頭部分は何者かによる後の挿入であるとする説を支持する。フェイクニュースはネット上だけではなく、バイブルにも霊界にも愉快犯がいる。
 私がパウロはワニ族だと誰かに言われ、それを鵜呑みにして(親切な警告だとも思ったから)そのままブログに書いたのは軽率だったのではないかと一時後悔していた。ガセネタに釣られた私を笑い者にするために愉快犯が仕組んだニセ情報かも知れないとの惧れがあった。他方これが事実ならパウロはひょっとすると何か悪い企みがあって私に付いて来たのかとも邪推していた。子供の頃は流暢にK語を話すアビセンナの霊が憑き(大人になって煙草を吸うようになれば離れるだろうと言われていた)、悪魔の子を産ませようと狙って機会を伺っていた悪魔の例もあった。しかし途中からパウロが人間にプロモーションしたことを聞いて、慌ててそのことを書いた。彼はワニ族と書かれたことを逆恨みした様子はなさそうだったし、別段それを否定しないで「罪障消滅には長い長い忍耐の期間が必要だった。人間に戻るのがどれ程大変かみんなに知らせてくれ」と頼んだ。ローマ書に「被造物は実に切なる思いで神の子たちの出現を待ち望んでいる。なぜなら、(動物になった)被造物が虚無に服したのは、自分の意志によるのではなく、服従させたかたによるのであり、かつ被造物自身にも、滅びの呪縛から解放されて神の子たちの栄光の自由に入る望みが残されているからである。実に、被造物全体が今に至るまで、共にうめき、共に産みの苦しみを続けていることを私たちは知っている。(8章19~22)」と書いている。パウロは人間でいる時から分かっていたのだった。口先だけの哲学者ではなかった。自分の好き勝手な生き方を優先して他人に耳を貸さず、将来どうなろうと全く気に懸けない者をあちら側ではニヒリストと呼ぶそうである。
 今年初め梅原猛氏が亡くなった。彼も自他共に認める哲学者だったと言えば皮肉に聞こえるだろうか。このブログを覗いたこともあるらしく「いまさらギリシャ神話でもあるまい」と思ったらしいが、そう思うのは彼だけに限らないだろう。30年程前、箱入り本で彼の全集が月一冊出るのを買い揃えて読んだが愛蔵する気にはなれず、結局町の図書館に寄贈した。仏教の世界がどんな場所かは彼自身行ってみて実感しただろう。一週間いれば彼我の違いが分かるそうである。原節子さんが「生きている間何も考えなかった」と後悔したことは前に書いた。一度彼女のお墓参りをしたいと思っているが残念ながら場所が判らない。
 
 確信はないが「ひとを救った者は自分も救われる」という黄金律があったような気がする。「一人でも救えるなら救え」と言われてその気になっていた。この国では圧倒的多数が仏教徒だから、名前の知られた人物の中の誰だれは「人の子」と聞きくと宛先の判るものはキリスト教に改宗するよう勧める手紙を書いた。しかしその名前の教え方が実にあいまいで愉快犯だったかも知れない。はっきりと伝えてはいけないルールがあるとも言う。初めの頃聞こえたままブログに書いた記事でも間違いの可能性が高いと判っているものもある。霊界の声を本当か嘘か聞き分けるのは難しく、意見が違うのは立場の違いのせいもあるのだろう。残された数少ない可能性の一つと思われるイツハクを悪く言う者もいる。
 40代の頃二人のうりざね顔の女の子が訪ねて来て、夢ではっきりと見たことがある。そのうち一人が人間になって秋田で生まれ芸能人になった。彼女宛に手紙を書いて、改宗すること、デジデリウムを心掛けること、預かった指輪は大切に持っていることを是非伝えてほしいと、残ったもう一人の方に頼まれたが、まだ書いていない。高校生の頃はライバルに「ヤキを入れる」ような激しい性格を示して豚族にさんざ悪評を立てられたそうだが、まだ先は長く良い妻・よい母で評判を取り戻せば帳消しに出来るだろう。最近CMでよく見る東京出身のミカリンは青森学院の出身だが考えた末決心して人間になった。私が初めてイタリヤに行く前、初歩イタリヤ語を習うために終業後日伊会館の語学学校に通ったことがある。帰りの電車の中で大きな声で「エッコレペンネ」と復習しあわてて声を潜めたので、みんなにエッコレペンネと呼ばれていた。彼女は未婚で二人共30才をちょっと過ぎた位で年齢が近い。
 富山生まれの智子さんの夢は強烈に印象に残っている。大声でビューティフルサンデーを歌いながら登場し、杖を突いてびっこを引きながら現れた。何故か片方の足は靴を履きもう片方は下駄を履いていた。挑むような態度には私が来るのが遅すぎたことへの不満があったようだった。何日か滞在し足が治っていなくなった。彼女とは「51項・人間なんてみんな馬鹿だ」に書いた教会で運命的に出会ったから、伝統のある旧家に生まれたにも拘わらず母親を誘い自発的に改宗したのを知っている。まだ若く魅力的な女性に育ち、物理の先生として高校に勤めている。詳しい話はしないまま私がその教会を去ったので現在繋がりはない。彼女が生まれる前の事を覚えている可能性は薄いだろう。こういう女性たちもほかの人たちも、何故初めからキリスト教徒の家庭に生まれることが出来なかったのか。その理由はP.Hディックの「ヴァリス」に書いてある。とんでもないことになっている。
 霊界では「人間界は危険で貧しく暴力と悪が支配する地獄に等しい所」と教えていた。しかし私の家を訪れた霊たちはこの世が見えるようになる(52項に書いたことは間違いで、これをホイヘンスの穴と呼ぶらしい)。そして人間界の方がはるかに安全で秩序立った生活があり食物も豊富なことを知って、嘘ばっかり吹き込まれていた事を悟る。それが彼女たちに自身も人間になる決意をさせたのだと思う。ただし忘却という恐るべき罠がある。

 最近のロシアはフィクションの世界でしばしば陰謀組織員の悪役を割り振られる。あまり積極的に行きたいと思わなかったのだが、ロシア革命で重要な役割を演じた人物のX氏(結局はスターリンに粛清された)からロシアにお忍びで来てくれと言われ、ペテルブルグ3泊、モスクワ2泊の旅行に参加した。日本では桜も終わった頃だが都市部の木々はまだ芽を吹いてもいなくて景色に全く緑がなかった。このブログで私の前世がブルガーコフだったと書いたことも知っていて(しかしこの前世譚にも異論があって、私がこの世に来るのは初めてだという声もある)、「サドーヴァヤ通りを探しておく」と伝言があった。「巨匠とマルガリータ」で、甦った死者たちの霊が大宴会を催すモスクワのマンションがサドーヴァヤ通りにあった。ところがペテルブルグのエカテリーナ宮殿に行くと、入口の門の前に張り付けてある地名表示板にサドーヴァヤ何番と書いてあるのを見付けてあれっと思った。現地ガイドのビクトリアさんに聞くと、サドーヴァヤとは公園のことだと言う。たしかあの物語の発端でイワンとベルリオーズは公園のベンチで論争していた。サドーヴァヤ通りがあちこちにあるらしいことに納得し、後日モスクワでもサドーヴァヤ通りを見付けた。ロシア人は歴史的遺産を大切にし、長い年月をかけて大戦で受けたダメージを修復していた。フランスではロワール川添いの古城が大革命によって荒廃し「それも歴史的事実」と手を付けず放置されているのとは対照的だった。おりしもノートルダム寺院で起きた火災のニュースが報じられ一行の間で話題になった。
 聖霊たちの生存条件の厳しさを訴える声が聞こえた。「コルホーズ・ソホーズの頃が一番大変だった。オルメタの誓いだけは守っているがほかのことは全部忘れた。我々は動物以下だった。仏教の方がいいと考える者もいる」と言う。しかし仏教(*注1)では人物鑑定など出鱈目で、人間にならなかった人の子は餓鬼道に分類され汚れ仕事をやらされるし、最近新たにガバメントの怒りに火を付けたのは、人間上がりの人の子は深海の高足蟹にされ半永久的に浮かばれないことになる仕掛けがあるらしい。たとえニセ情報が混在する可能性があるかも知れなくても、遼君、大谷君、堂林君そのほか、とにかくそうだと思われる限りの人たちに改宗を勧める手紙を頑張って書き続けなければならない訳である。彼らが真面目に受け取ってくれるよう願うほかはない(パウロがワニに堕されたのも本人にそれ相応の落度があったかどうか。イギリスの聖霊は谷川の水を飲むことさえ儘ならないらしいが、その苛酷さは一体イギリスにいる何者のせいなのだろうか)。ところで私がアプラクサスに指名された時、非聖職者が選ばれるのは前例がなく賛否両論でもめたそうである(何故それを日本にいる時誰も話してくれないのだろう?)

 実は25年程前に一度モスクワに一泊したことがあって、その時はまだ厳しい緊張感が漂いクーデターで受けた砲弾の焼け跡がそのままの建物が残っていた。今は雰囲気がすっかり変わって、色とりどりの服を着た中国人観光客であふれていた。彼らはロシアに多大の観光収入をもたらしているのだろう。ロシアと中国は隣国同志であり、歴史的に(色々あったが)同一歩調を取った期間もあり、中国人観光客は特段の親しみを感じているのかも知れない。しかし世界中で色々言われているように、そのマナーのひどさは新たなイエロー・ぺリルではないか。教会では撮影禁止を意に介せず男子脱帽も守らない。混んだ女子トイレで戸をあけたまま次々と用を足すらしい。スマホで教会をバックにしてスナップを撮らせる時なぜ寝転ばなければならないのか。本物のバレーを見たことのなかった(しかしレコードは何度も聞いて記憶していた)私は白鳥の湖に見入ったが、妻の席の近くにいた中国人たちがしょっちゅう喋っていたらしい。ホテルの朝食では肘をついてフォークにパンを刺したまま話に熱中している・・・・。そんな彼らに孔子が「瓜田に靴ひもを結ばず、李下に冠を正さず」と説いた、振る舞いには気を付けよとの教訓は窺うべくもない。

 日本語の上手な通訳のイリーナさんに「私はブルガーコフの生まれ変わりです。ザギトワの前世は日本人でした。オレンブルグに悪魔がいます。その名は・・・」と言ったのは出鱈目ではないが多分やり過ぎだった。人の好い彼女をまるでヴォラントを真似たようにからかってしまった。彼女はオレンブルグをすぐには思い付かず、「ウラル川のほとりの町」と言うと「ああ、古い町ですね」と思い出した。またバスの中で「ロシア語は複雑です。名詞に男性・中性・女性があって道は女性ですがハイウエイは男性です。私たちは大学までロシア語を勉強します」と言っていたが、私はそんなロシア語で物語を書いたことになる。今はキリル文字は頭の体操くらいにしか思っていなくて余り勉強する気はない。宗教は時代の変遷を経て昔ほど人々の信仰心は厚くなく、彼女も「時々は教会に行っています」と笑っていた。ロシア人には自分であれ他人であれ貧しいことを決して恥とはしない気風があると言った。
 日本に戻ってから私のことを「ブルガーコフが来た」と大騒ぎだったと聞いた(それを何故ロシアに滞在中教えない?)。X氏に「特徴のない男が来てとんでもない事をして行った」と言われたのはいつもの通り(*註2)。随分むかし水木しげるが連載していた「悪魔くん」という漫画に、くたびれた背広を着て、眼鏡をかけ、痩せてさえない猫背の老人が出て来て、その男が「神」と呼ばれていた。私はその老人のようなものだと思っている。赤い革命の歴史を考えても、これまでの段階で私は正教に余り期待しないように思っていたし、ロシアの教会の入口をくぐる時もそれ程敬虔な気持ちにはならなかった。然しそれは考え直さなければならないかも知れない。カトリック・正教・聖公会・新教の中で一番まともなキリスト教かも知れない。何故なら家で数日後ロシアの何処かを暗示する、美しい特別な場所の夢を見たから。公会議に騙されているだけではなく、正教の祈りは神に通じているかも知れない。

 旅行中で提供される肉はほとんど豚肉だったが今回は食べ残さなかった。64・会話編(1)に書いた、牛や豚の肉を食べない方が良いとする私の見解に対し、イズベスチヤが「我々に死ねというのと同じだ」と反論したらしい。ロシアの厳しい寒さに耐えるためには肉食は欠かせない。
実は今年の2月ごろ枕元に誰ともわからない霊が立って「せめてハム程度は食べるべきだ。神族は文武両道だが、人間は肉を食べないためにすっかり弱々しくなり戦闘能力も低下した。人間界で武に優れた者は尊敬されるが、知に優れた者はそれ以上に尊敬される。だから誰でも知に優れた者になりたがる。それでは天の国の武力は衰えるばかりだ。肉を食べてアメラグの選手のような体力を持って帰って来てほしい。」と訴えた。話し方には誠実さが籠っていて嘘とは思えなかった。ではマルコは正しかったのか。しかし今まで得た情報も、私が書いたことも「肉を食べるな」で一貫していた。アトス山でも干し蛸しか食べない。どちらが愉快犯なのか。実情を言えばコシェルの国もハラルの国もインドも人間は絶滅の危機に瀕して最早ぎりぎりの状態である。
 マタイに「洗礼者ヨハネが活動し始めた時から天の国は力ずくで襲われており、激しく襲う者がそれを奪い取ろうとしている」という言葉がある。洗礼者ヨハネはイナゴと野蜜しか食べなかった。もし洗礼者ヨハネもアプラクサスだったとしたら、肉食はルール違反になり、それでイエスもパンと魚しか食べなかったのだろう。それが食べるために殺される動物たちへの憐れみだった。ルール違反を犯せば、食われた動物の報復が是認されて犠牲者を生み、反対にルールを順守して肉食しない人の子は天に帰っても弱々しく守りの役に立たなかった。長きにわたり動物たちは人間をターゲットにした。豚はおだてても木に登らなかったのである。ガバメントも動物たちへの憐れみは効果なかったと総括した(*注3)。新しい時代に向けて何もかもやり直しである。
従って私が何でも食べればおのずとそれがルールになり動物の報復は許されなくなる理屈である。それで私はこの春から魚はもとよりハムエッグも餃子も肉ジャガも牛肉カレーも食べ始めた(*注4)。
食のタブーは消滅した。マルコは正しかった。令和元年、新たな食のルールの開始を宣言する爆弾発言です!


(*注1)「7項・二つの世界を生きて」に“You are God, but still Bitch.”と呼びかけられたことを書いた。当時まだ改宗していなかった。つまりBitchとは仏教徒のことである。霊界のひどさを何とかしなければという声が沸き上っている。
(*注2)煙草を2箱持って行った。煙草の効果に驚いていた。
(*注3)牛肉を食べるとミノタウロスのような怪物がついて来て、どっかりと座るともう終りだったそうである。「食べていない」とか「知らない」とか嘘は通用しなかった。この春ハムを買って帰ったら尻尾の生えた豚女(ナメック人)が来て「3カ月いる権利がある」と言っていたのは新ルールを知らなかったのか。ガバメントは既に定住届け出制を施行し違反は罰せられるだろう。
(*注4)豚肉が霊体に及ぼす悪影響について確認出来ていない。「食べるとこうなる」と見せられたものも本物だったかどうか。まだチャーシューと焼き肉は警戒せよと言う者がいる。