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これは一人のマイノリティーが書いた自分自身とこの国の救いなき来世についてのレポートである。W.ジェイムスは労作「宗教的経験の諸相」で“超感覚者は無敵である”と言ったが果たしてそうだろうか。この時代、むしろ私は“常感覚者は巨象である。我々はその足に踏み潰されないよう必死に逃れる蟻のようなものだ”と思う。しかし今、孤立の怖れを捨てて私はこう叫ばねばならない。

“人々よ、長い眠りから目覚めよ。無知の麻薬の快楽に耽るな。そしてこの警告を受け入れる人々に神の恵みあれ。”

Philopapos

 もし現世で人間がやるのと同じ事をあちら側でアバターもやっているなら、私が株で一千万円儲ければアバターも一千万円儲ける筈である。ただし私がその金を半分募金に寄付したとしてもアバターは寄付しないかも知れない。私は年金を貰っているがアバターが貰っている様子はない。聖書の「金持ちが神の国に入るのは駱駝が針の穴を通るよりも難しい」という文章は一般に「清貧でなければキリスト教徒になれない」と理解されているが、私はそうは思わない。霊界だってお金は必要なのであり、金のない者は苦しい生活をしているのを知っている。金持ちとは「アバターは邪悪」の項の(*註2)に書いたように既成秩序における上部構造のことであって、彼らはキリスト教の救いの対象から排除されるが、序列が下の持たざる者である人間こそ救済の対象になるという意味だと理解する。新約聖書はギリシャ以来続いている宗教的社会構造との関連を抜きにして考えられない。人は死んだ後金を携えてあの世に行く訳ではなくても、その働きによって得られた遺産をどう分配するかで、あちら側でしばしば揉めることも知っていた方がよい。熱心に信仰してアトス山に籠り社会から隔絶して非生産的な生活を送る者もいるが、そんな隠者たちよりはマックス・ヴェーバーが言ったように勤労と貯蓄の精神で汗水を流し、世に資本主義を生み出したプロテスタントの方が仲間に利益を齎し役に立つだろう。ヘンリー8世が修道院を売って得た莫大な金はこの世では国庫収入になったかも知れないが、あちら側でも支配的権力がある彼の仲間は自分たちの働きで得た金として取り込んだ可能性は大いにある。むしろ彼の狙いはそこにあったのではないか。

 自分は父と母の性交渉の結果生まれたのであると認めることは子供が大人になるのに通り抜けなければならない最初の関門であり、大多数はそれが判ったとしても一人で納得し黙っているだけだろう。父にも母にも分身(アバター)がおり、父と母の分身たちもあちら側で同じ性行為をする。その結果私が生まれるのと同じ時に私のアバターも生まれていた。両者は一卵性双生子のようには似てはいないため二卵性双生児と言われるそうである。当初私とアバターは生まれて以来一緒に行動していたらしいが小学生の中頃途中からいなくなった。取り替え子が起きたのである。今思えばその時感じたいさかいと喪失感の記憶をかすかに覚えている。今彼が何処でどうしているか知らない。

 Wikipedia チェンジリングによればヨーロッパの伝承でも同じことが語り継がれているらしい。我々日本人の場合ベトナムの子供が代わりにやって来る。誰が何のためにこんなことをやっているのか、その目的は前に書いた通りである。金で雇ったニセアバターに猥雑な色ごとをやらせて、その行動履歴を記録し「アバターがこんなことをやった映像は本体も同じことをやったことの言い逃れ出来ない証明だ」と人間に責任を取らせ、審きで人間を落第させるのである。神の摂理によるシンクロニシティーがすり替えによって歪曲される。さらに人間に性夢を見させ、それを潜在意識の記憶に刷り込んであたかも自分がやったことのように思い込ませ、反言は認めない(これをエストッペルという)。人間心理に内在するリビドーと羞恥心と脳内記憶の働きを周知してこんな悪知恵を働かす者がいるのである。この件にはマリヤ(アテネ)だけでなく嘘つきの天才ヘルメスも絡んでいた。マリアは取り替え子について「アバターが発育不全だったからそうした」と言い訳したらしいが、人間はピンピンしているのにアバターは発育不全だったとは人間とアバターの vis-a-vis の関係を否定するもので、そういう事が多発するのならアバターの記録はすべて人間がやった事と決め付けるこれまでの論理は矛盾しているではないか。

 人間はフレンドリーで優秀なアバターが背後で協力してくれれば大いに助かるだろう。いつの頃からか私はある若い男の夢をしばしば見るようになった。彼の様子を覗っていると、靴をどこかに忘れて裸足で歩いていたり、鞄や手荷物を見失ったり、誰かに盗まれたり隠されたりして、いつもあたふたしている。相当ドジな男で夢を見るたびに私はいらいらする。私としては「君はいつも誰か仲間をつれて一緒に行動した方が良い」と助言したい所だが、どうも彼が私の現在のアバターらしい。「アバターがこんなダメ男なのは本体である人間も同様にドジで間抜けだからだ」と酷評するための企みだろう。私は何がしかの蓄財をするよう心掛けたが彼は同等の蓄えをしただろうか。仏教を取り仕切っているのはイカ族であり私も仏教徒の家に生まれたから、その頼りない男を私に結び付けたのはイカ族だった。仏教では画面に向かって「鏡よ鏡」と呼びかけ、死者にアバターの記録を映し出して見せると言われる(松下氏が心当たりがないと言った場面である)。仏教とバチカンがそっくり同じやり方をしているのはイカ族とモート族が手を組んでいるからに違いない。イカ族は「我々の世界ではナノワイヤーだけでなくトカマク型核融合炉も常温超伝導体もとっくの昔に出来上がっていた」と自慢するそうである。

 父と母は法華で葬儀した。誰でも経験するように私も両親の夢を見たことがあり、夢で現れる時彼らは私に見られているのが分かっていた。しかし夢に出たからといって二人が無事に助かったとは思っていない。もし父が助かったのであれば、死んで幽体離脱した父と父のアバターの二人がいる筈だろう(死者が二体現れる夢を見るのはほとんどないことだろう)。父には兄がいた。叔父には6人の子供(私にとって従兄弟)がいて、上から4人は年の順に亡くなった。その中で長男の智さんの霊が「弟や妹が死んで本人も配偶者も上がって来たが、誰も助った者はいないし、みんな繰り返し同じような目に会う。なぜ誰も間違いに気付かないでいつまでもこんな宗教にいるのか」と嘆いていたと聞いたことがある。多分従兄弟たちも時には両親や兄弟の夢を見て、先立った故人たちは皆揃ってあちらにいると思うだろうが、実際は違う。仏教では誰かが死ぬと死者の仲間が呼び集められ、その中で誰が一番死者に似ていて見栄えが良いか見較べた結果、選ばれた者だけが助かるのだそうである。残りの者は本人も含めて全員イカ族に刈り取られる。この国に数多いる僧侶の中で誰もこのイカ族を見た者はいない筈はないと思うのだが・・・・。

 人間になる前すべての記憶を消されるということは馬鹿になるということであり、競争社会で出発時点からハンディキャップがある。仏教徒の家に生まれた私はイニシエーションでイカ族によって記憶を消されたが、同じ仏教徒でもモートのように記憶を消されないで人間になる者もいる。霊界にも教育機関はある。だからモート族の方がテストで良い点をとり学歴でブランドを得るチャンスがある。一般的に高学歴はより多い生涯収入の獲得に大きなメリットがあるだろう。それは同時にモートのアバターが霊界で裕福になることでもある。モート族はあちら側に自分たちの住む土地を手に入れて立ち退かないそうである(*註)。もし「自分も記憶を消された」と言う人がいれば私の仲間かも知れない。ある女性霊が前項に書いた記事を読んで訪ねて来て「アンドロメダから来た仲間たちはみんなバラバラに振り分けられ、私も妾のような仕事をさせられて苦しんだ。これまで書いたことを悪魔やモートは決して見逃さないから大阪に来た方が良い。大阪には仲間がいるから関東にいるよりましだ」と言った。この国で異星から来た人間が不幸になる第一の理由は仲間同士一緒に居られないことであろう。ガバメントはこの問題を考えているだろうか。大分前にアンドロメダ人はごく普通の人間の姿をしていると聞いたことがあった。私は太陽系のある惑星から来たと聞いたことがあって、アンドロメダが母星と聞くのは初耳だった。前の情報は諸般の関係から信用出来ると思っていたのでガセネタかと疑ったが(地球とアンドロメダの距離は250万光年!)、しかしその太陽系の惑星にもアンドロメダから行ったのかも知れない。人類だってSFやコミックの作家たちが描くように進んだ科学技術(例えば反重力装置)の文明を持った過去があるのは間違いないだろう。

 SF(1)の項で三体(Ⅰ)を取り上げた。続編(Ⅱ)(Ⅲ)も読んだがここに紹介を書かなかった。その理由は「宇宙は選択の余地なく全面的に暗黒森林」という設定に「それは違うんじゃないか」と思ったから。アンドロメダだけでなくシリウスやカシオペアも人間同士地球人とは仲間の星らしい。南十字星人も外見はほとんど同じだが、彼らはたとえ相手が同じ人類であっても立場が違えば敵愾視する、極めて攻撃的で強い闘争心の持ち主であり、イスラム系民族はこの系統に属するらしい。松下氏は木星の衛星イオから来た異星人だと教えてくれる者がいた。「彼が救われなければ日本の電器産業は世界で取り残されるだろう」と言われたが、その通りになった。以上私だけが誰とも判らない霊界の住民たちから聞いた情報で証人もいないし、客観性の乏しい話だから話半分に受け取って欲しい。それでもオーウエルが言ったように「この世にはいない動物」であるモート族やイカ族が宗教の背後で隠然たる支配力を持っているのは間違いない。人間がその桎梏を逃れた時が「幼年期の終わり」と言われるが、それにはまだ時間が掛かるだろう。

 20年以上も前ギリシャのツアーに行った時、パルテノンに近い駐車場が一杯で観光バスはかなり離れたフィロパポスの丘の駐車場に止まった。日本語も話す現地ガイドが予告した通り、そこからはるか下方にパルテノン宮殿の全景が見えた。私が彼女に ”Phil means to love. What does Papos mean ?” と聞くと彼女は ”Papa” と答えた。父を愛する息子とはイエス即ちアポロンではないだろうか。ギリシャ人にはアテナの方が人気があり、彼女のために街の中心にあんな立派な神殿を建てその効果でより多くの信者を得たし、その名にちなんで首都をアテネと名付けたのだった。アクロポリスの丘とフィロパポスの丘の距離は両者の立場の違いを象徴しているのではないだろうか。

 旧約聖書の Almighty God とはゼウスではないかと思う。ゼウスこそアンチキリストの第一候補だろう。「フリッカー、あるいは映画の魔」の項でカタリ派の理事が自分たちを「イエス以前からあるキリスト教徒」と自己紹介したのは、彼らが古代ギリシャの少数派であったフィロパポスの教えの継承者であることを自認するものと考えられる。イエスがキリスト教を起こしてユダヤ教から離別したイスラエルでも、ユダヤ人は彼を受け入れなかった。前項でペテロはイエスの意に逆らってローマに行ったと推測した通りだった。後知恵(ブログに掲載した後で教えられた)によればイエスは使徒たちに「ローマには布教に行くな」と釘を刺していた。また福音記者たちはユダヤ人たちの反発を買い、ヨハネは周りに「全部書き換えろ」と言われ、ルカは殴られた。この2000年間にキリスト教は世界中に普及したが、最高の権威を得たのはイエスの願いとは全く逆の方向に進んだカトリックだった。今回のガバメントによる試みは人間救済の悲願の最後のチャレンジになるのではないだろうか。


(*註)札幌、川越、横浜、神戸の共通点は何でしょうか